アオカンから連れ込み旅館へ~「お風呂あります」!?

第二次世界大戦は日本の国土に、特に東京に大きなダメージを与えました。自宅を失った人も大勢いて、独身のカップルだけでなく、夫婦も性行為の場所に困る状況となります。そのため戦後の数年間は、各所でアオカン(青姦)が大流行します。皇居周辺や、大阪城の周辺などはアオカンのメッカとして知られ、何十というカップルが同時に性交していたとも言われます。

また、住宅事情も悪く狭い家で性行為中に子どもが入ってくる、見られるということもあるため、夫婦も性行為の場所に不自由していました。そうした背景の中、安全で衛生的な性行為の場へのニーズが高まり「連れ込み宿」が登場します。

セックスニーズが高く連れ込み旅館は大繁盛

戦後になり「連れ込み旅館」が登場します。元は労働者向けの簡易旅館だったところが、カップル向けの旅館に業態を変えていき、どんどん数が増えました。当初は風呂もなく、部屋も4畳半から6畳程の広さ。もともと寝泊りする場所のない労働者の宿泊所として開業したところが多く、質素な設備でした。

簡易旅館が連れ込み旅館化したのは、利益率が高いからです。普通の宿泊利用者は1日に1回転しかできませんが、カップルは用を済ますとさっさと帰るため、1日に2回転3回転します。売り上げが2倍、3倍とふくらみ、利用ニーズは高くどんどん人が入るため、とてももうかりました。昭和30年代の前半には売春禁止法が施行され、遊郭がなくなったために男性は一般の女性としか性行為ができなくなります。これも連れ込み旅館のブームを後押ししました。

「お風呂あります」が人気の秘訣

利益が出ると、設備の拡充ができるようになります。それまで「風呂なし」が普通だった連れ込み旅館の中には、風呂をつくるところも出てきます。昭和20年代から30年代にかけては、連れ込み旅館の看板には「風呂あります」と掲げてありました。

まだ、十分に銭湯もない時代ですので、風呂に入れない人も大勢いました。連れ込みに行ってセックスをすると風呂にも入れる、というのは大きなメリットです。またたく間に、風呂付きの連れ込み旅館が全国に広がりました。このような、「風呂」という設備ひとつが大ヒットのきっかけとなるということを、ラブホテル経営者は学び、その後の企画合戦の大きなヒントとなりました。

戦後には、アオカンブームを経て、連れ込み旅館が登場し「風呂」の設置によって大流行しました。「風呂」ひとつで客が呼べることを学んだ経営者たちは、次第に設備競争へと走るようになります。